金田一耕助の事件簿060
本書のタイトルは｢冒険｣であって｢推理｣ではない
「瞳の中の女」（横溝正史）
（「金田一耕助の冒険」）角川文庫
金田一耕助と等々力警部が
吉祥寺駅から尾行している
一人の青年。
彼は一年前のある夜、
何者かに襲われ、
記憶をなくしていた。
彼は婚約者の顔すら
識別できなかったが、
彼の記憶の中には
ある女性の像だけが
浮かぶのだという…。
なんらかの事件に巻き込まれて
記憶を喪失したの青年･杉田弘は、
その後、入院先の病院の火災によって
記憶を取り戻すのです。
彼が巻き込まれた事件の現場で
何を思い出すか、金田一と警部は
密かに後を付けていたのです。
見事に杉田青年は埋められていた女性の
死体を発見するのですが、
その後が何とも中途半端な
終わり方になってしまった作品です。
【事件簿File-060｢瞳の中の女｣】
〔事件発生〕
昭和33年5月(東京)
〔依頼人〕
斎田愛子…杉田弘の婚約者。
〔捜査関係者〕
山下敬三巡査
…芝公園付近を巡回中、
昏倒した杉田弘を発見。
等々力警部…警視庁捜査一課警部。
〔事件関係者〕
杉田弘
…T新聞社記者。
瞳の中の女以外の記憶を全て喪失。
杉田直行…弘の父。大学教授。
杉田秋子…弘の母。
杉田久…弘の兄。
杉田尚子…弘の妹。
沢田潔人
…弘が災難にあった夜に
訪問していた声楽家。
K博士
…K精神病院医師。
弘の記憶を呼び覚ます実験を行う。
灰田太三
…アトリエの主人。麻薬患者。
陳隆芳
…中国人。香港へ帰国、行方不明。
川崎不二子
…陳隆芳の妾。
灰田太三と通じていた。
本作品の中途半端さ①
推理しない金田一
本作品において金田一はほとんど
推理らしいことをしていません。
事件の犯人たちの行動を読み解いたのは
杉田青年なのです。
被害者と関係を持っていた男が死亡し、
それ以上の捜査ができなかったことが
原因なのですが、金田一はその男が
被害を訴え出られなかった
何かがあったのかも知れないことを
推察したのみです。
本作品の中途半端さ②
解決されない事件
本作品の犯人は、
どうやら海外逃亡したらしく、
それ以上まったく進展しません。
殺害された女性の胸像が
現場のアトリエに放置されていた
謎についても
まさに｢放置｣されたままです。
それは被害者が生きているうちに
作ったのか、
それとも死んでから制作したのか、
さらにはなぜそれが
アトリエに残されていたのか、
金田一も首を傾げるばかりです。
本作品の中途半端さ③
浮かばれない青年
脳裏に浮かぶ女性の正体は
一体誰なのか？ここが本作品の
最もミステリアスな部分でした。
彼が記憶を失う直前、
この女性とロマンチックな出会いを
果たしていたのでは？
そしてその記憶を取り戻し、
自分が事件に巻き込まれた
真相を知るのでは？
そういう期待は見事に裏切られます。
杉田青年はすでに殺害された
その女性を一目目撃した後、
背後から襲撃されたのでした。
そして彼はたまたま事件に
巻き込まれただけであることが
判明するのです。
彼がこの事件で得たことは、
死体発見をスクープできたこと
だけだったのです。
｢ひとつくらいこんな話も
いいではありませんか｣と
金田一が語るように、
あまたある金田一事件簿の中に、
こんな中途半端な物語が
あってもいいのかも知れません。
本書のタイトルは
｢金田一耕助の冒険｣であって
｢推理｣ではありませんから。
〔本書収録作品一覧〕
「霧の中の女」
「洞の中の女」
「鏡の中の女」
「傘の中の女」
「鞄の中の女」
「夢の中の女」
「泥の中の女」
「柩の中の女」
「瞳の中の女」
「檻の中の女」
「赤の中の女」
（2020.1.8）
〔追記〕
2022年6月、
ついに本書が復刊となりました。
昭和51年に文庫初版が刊行された後、
昭和54年には二分冊、
それも杉本一文装丁ではなくなり、
大変残念な気持ちでいました。
復刊というよりは、今回40数年ぶりの
杉本一文装丁画の復活が
喜ばしいことです。
旧版は下の通りです。
新版はデザインが
マイナー･チェンジしています。
（2022.6.25）
【復刊！角川文庫：横溝正史】
【今日のさらにお薦め3作品】
